こんにちは。
萌昇ゼミ津山中学教室の魚住(うおずみ)です。
今週末の3月7日は卒業式ですね。
中3生のみなさん、卒業おめでとうございます。
昨年のブログでは、私自身の進路選択や学生時代の話を通して、
「努力を続けることの大切さ」についてお話ししました。
今日はその続編として、
私が教員として働き始めた頃に経験した、
今でも忘れることのできない出来事をお話ししたいと思います。
少し昔の話ですが、
これから先のみなさんの心に、
何か1つでも残るものがあれば嬉しいです。
私が24歳の頃、ある中学校で契約講師として働いていました。

当時の夢は小学校の先生になることでしたが、ご縁があり中学校で教壇に立つことになりました。
その学校のソフトボール部には、
私にとって「師匠」と呼べる顧問の先生がいました。
ソフトボールの技術だけでなく、教師として、そして人としての在り方を教えてくれた存在です。
しかし、その先生の病気が悪化し、
私は監督代行として秋の大会を任されることになりました。
ソフトボール未経験だった私は、
選手たちの力を十分に引き出してあげることができず、
結果は地区大会ベスト8止まりでした。
その年の冬、
その監督の先生は帰らぬ人となってしまいました。
当時の私は未熟で、
師匠の代わりを務められるような器ではありませんでしたが、
そのままチームの監督を引き継ぐことになりました。
「選手たちを勝たせてやりたい」
ただその一心で、3学期は選手たちを指導しました。
最初は下手くそだったノックも、
いつしか狙ったところに打てるようになり、
空振りばかりしていたキャッチャーフライも成功するようになりました。
がむしゃらな日々を過ごし、
迎えた3月の春の地区大会。
初戦の相手は優勝候補の強豪校でしたが、
結果は14-0の3回コールド勝ち。
試合後、相手チームの監督から
「選手たちに○○先生の魂が乗り移ったかのような動きでした。完敗です」
と声をかけていただき、思わず涙がこぼれました。

この春の大会を最後に、
私は契約満了のため別の学校へ異動することになりました。
離任式の日、選手たちから色紙をもらいました。
ここでもまた、涙がこぼれたのを覚えています。
この経験がきっかけとなり、
それまで受けていた小学校ではなく、
翌年から中学校の採用試験を受け、中学校教員になることができました。
振り返ってみると、
この出来事が私の人生を大きく変えてくれたのだと思います。
これから新しい道へ進むみなさんも、
思い通りにいかないことや、
悔しい経験をすることがあるかもしれません。
でも、あきらめずに向き合った経験は、必ずいつか自分を支える力になります。
卒業はゴールではなく、新しいスタートです。
それぞれの場所で、自分なりの一歩を踏み出してください。
応援しています。


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